「ダイエットの挫折」=「ダイエットの失敗」ではない(と思います、私は)
久々に、病気のことについて書きたいと思います。
私は12歳のころから19年間、重度の摂食障害を患っていました。
あ、今は克服し、ぽっちゃりムチムチ体型で元気に過ごしておりますので、そこはご心配なく❤︎
注)摂食障害克服後も、痩せている方はたくさんいらっしゃいますよ!
実際の私は、こんな体型ではありません。
「拒食の方も過食の方も不安にさせない体」を描くのはあまりにも難しいため、仮の姿です。
ただ、病気のエントリーを書くたびに冒頭でお話しすることなのですが、摂食障害は患者によって、発症のきっかけも、症状も、治療法も多種多様です。
私は精神医学の専門家ではないので、サンプルは「自分自身の経験」しかありません。
これからお話しする内容はすべて「私の場合は」という前提で読んでいただけると幸いです。
また、このブログは病気カテゴリーのブログではありませんので、私が突然このような話をすることに、読者様は戸惑うと思います。
ただ、わずかながら同じ病気に苦しむ方々も読んでくださっているため、時々このような内容の文章を書くことがあります。
どうかお許しください。
普段は基本、フザけまくりのスベりまくりブログですのでね❤︎
【唯一の後遺症】
前置きが長くなりましたが、今日はダイエットと摂食障害について。
誤解しないでいただきたいのは、私、決してダイエットに否定的なわけではないということです。
自分の苦労話をしたいわけではないし、ダイエットついて偉そうに語るつもりも一切ありません。
むしろこの世で一番その資格のない人間です(笑)
最上級の「お前が言うな」を、自分で自分に贈ります。
ちなみに、誰かのダイエット話を聞くのも大好きです。
ダイエットに成功して自分に自信が持てたり、オシャレが楽しくなったり……
めちゃめちゃ素晴らしいことだと思います!
ただ、私自身はというと…
もう一生、「ダイエット」は出来ないと思っています。
内科的な意味合いでお医者様に注意されるほど太ったり、この先子どもを授かって体重管理が必要になったりしない限りは。
現在、私の摂食障害は寛解状態にあります。
イヤ、「寛解」なんてカッコイイものではないかもしれません。
「なんだかもう、すべてがイヤになって。ブチ切れて色々諦めて放棄した……そしたらいつの間にか症状が和らいでいた」という感じです。
が……後遺症もあります。
それが他ならぬ「ダイエットができなくなったこと」です(繰り返しますが、もちろん個人差があります。上手にダイエットを取り入れ、ほっそりした体型を維持している摂食障害克服者もたくさんいます)。
寛解したとはいえ、私の体には病気の記憶が深く深く刻まれていて….
少しでもダイエットを意識した途端、その記憶が蘇ってしまいそうで怖いから。
皆さんのように、適度な範囲で上手くバランスをとることが出来ないんです。
ただ、私は今のところ「病気は過去のもの」として消化できています。
ですから、誰かのダイエットを見て「自分も痩せなきゃ」と焦り、病気に逆戻りしてしまうことはありません。
彼ら、彼女らが痩せてキレイになっていくことを、こちらもワクワクしながら応援できるようになりました。
この世に美男美女が増えるのは、まことに喜ばしいことでございまする。
【「挫折」=「失敗」ではない】
けれど、ダイエットに励む方々に向けて、ひとつだけ。
ダイエッターにとって、「挫折=失敗」ではないと思うんです。
本当の失敗とは、
「あまりに成功を極めすぎた結果、摂食障害、ダイエット依存の闇に迷い込んでしまうこと」
です。
失敗も失敗、もう大失敗です。
この話を聞いて、「そんなオーバーな……」「そこまでマジにならなくても……」と思える方は、おそらくこの先も大丈夫。
「世の中には、加減というものを知らない暴走人間がいるものだ」と笑ってやってください。
けれど、
「体重の増減に対して、過剰なまでに一喜一憂してしまう」
「痩せていない自分には、なんの価値もないと思う」
……一瞬でもそう思ってしまった経験のある方、また、少しでも心当たりのある方には、ほんのちょっとだけ……本当にちょびっとでいいので、この話を頭の片隅に置いていただけたら。
【「ゴールがない」という地獄】
私には、「ダイエット失敗」の経験がありません。
もちろん、これは「自慢」ではなく「自虐」です。
痩せようと思えばいくらでも痩せられたし、目標が達成できなかったことはただの一度もありませんでした。
でも…だんだん……
その「目標」が、ハードになっていくんです。
「目標達成」という概念が、完全に頭から抜け落ちてしまうんです。
「目標の○キロになれた! やったー! 」
で終わることができるなら、ダイエットは人生を有意義にするための、最高の手段になるんですがね。
私はそこで止めることができなかった……
「この数値になったらそろそろヤバイ」みたいな、自分の中でのボーダーライン、MAX体重って、誰しもあるじゃないですか。
それがどんどん、下へ下へと更新されていってしまうんですよね。
「もっと痩せなきゃ」
「まだ太っている気がする」
「最低体重は更新したけれど、来週外食の予定があるから、また増えてしまうかも……一応保険として、さらに2キロ落としておこう」
……「保険」ってなんだよと思いつつも、自分を止めることができなくて。
「保険」「保険」を何年も積み重ねた結果、私の体重は小学校低学年児童の平均体重ほどにまで落ち込みました。
気がついたときには、もう遅かった……
それでも自分が許せるラインは、さらに下へと更新されていくんです。
体重計の表示画面に過去最低の数字を見てしまったが最後、もうそれ以上の数字を許容することはできなくなるんです。
気が狂いそうなほどに怖くなるんです。
体についた残りわずかな肉が……いいえ、もはや肉ではない、そのしぼんだ皮膚が、憎くて憎くて……ギュウギュウ握りながら毎日毎日泣きわめきました。
そしてそのあと待っているのは、地獄の過食期。
あ。
この「過食期」を経験している以上、「私はダイエットを失敗したことがない」はウソですね。前言撤回。すみません。
現代の日本人にはまずありえない飢餓状態を経験した体は、その命を守るため、ありったけの栄養分を求めます。
どれだけたくさん食べても、体は「またやってくるかもしれない飢餓」に備えようと必死なため、そう簡単に食欲がおさまることはありません。
遺伝子に刻まれた生物としての本能を、自ら呼び覚ましてしまったんです。
これはもう「甘え」とか「怠け」とかで片付けられる話ではありません。
自分の意思で止めることはできません。
それは例えば、花粉症で鼻水が止まらない人に対して「根性で今すぐ止めなさい」と要求するのと同じくらいに、不可能です。
「治したい」という意志を持つことからだけは逃げないほうがいい、開き直らないほうがいい、と思います。
ただ、それと同時に「今すぐ病気が良くならないこと」自体に自責の念を持つ必要はない。とも思っています。
自分を責めれば責めるほど酷くなってしまうのが、この病気。
あくまで私個人の意見ですし、そのときの状況によって結論は様々だとは思いますが、単純に「なかなか抜け出せない」=「努力していない」と考えるのは気が早すぎるのではないかと。
【「逃げ場」は必ず残しておいて】
私には、同じ摂食障害経験者の友人がいます。
彼女は、私より3年ほど早く寛解しています。
この友人が、私を死の淵から救い出してくれました。
彼女が助けてくれなかったら、私は今、この世に存在していなかったかもしれない……
そんな、命の恩人です。
その友人と、昨日久々に話をしたんです。
摂食障害。
1人の人間の人生を一瞬で破壊するのに、これ以上の手段はないかもしれないなぁ……
って。
すみません、「これ以上ない」は言い過ぎですね。
世の中、辛いことや苦しいこと、難しい病、そして破滅のきっかけは、山のようにありますから。
けれど、健康な人でも意外とはまり込んでしまいやすいのが、この病気の怖いところ。
世間には「痩せていないとダメだ」だとか「ダイエットしろ」だとか、そういう情報が溢れているから、うっかり迷い込んでしまう機会も多いと思うんです。
綺麗になりたかっただけなのに。
ただそれだけなのに。
最悪の場合、美しさはもちろん、健康も、お金も、仕事も、人間関係も、社会生活も、すべてを失うことになります。
痩せるのはいいんです。
綺麗になることは大切です。
でもお願いです。
「痩せること」を、極めすぎないでください。
自分自身を、追い詰めすぎないでください。
世の中、失敗が許されない場面は多々あるけれど……
ことダイエットに限って言うなら、その失敗や挫折は、必ず許されるものでなくてはならないと思います。
「許されない失敗」は、摂食障害やダイエット依存に足を踏み入れるきっかけになってしまうからです。
「失敗しちゃった」
「挫折しちゃった」
そんな都合のいい逃げ道を、どうか自分自身に残しておいてあげてください。
あなたがモデルやバレリーナなど、「痩せることも仕事のうち」な職業に就いているなら、そうも言っていられない事情があるとは思いますが。
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私は今でも太りたくないです。
「痩せたくない」と言ったら嘘になります。
でも、「太ったから / 痩せられないから、自分は生きるに値しない人間だ」とか、そんなしんどい考えはなくなりました。
そして正直、ずんぐりむっくりなこの体も、結構気に入っていたりなんかして。
太短い手足にデカイ顔……プッ……って、ちょっと笑えます(笑)
で、ひととおり笑ったら、
「これも味があってヨシ」と。
「あのとき、人生が終わらなくてよかったんだ」と。
「ツライ時期を乗り越えて、私の人生の残り時間を延ばしてくれたこの体を、できる限り大切にしよう」と。
つい数年前まで、吐き気がするほど大嫌いだった自分。
私はきっと、そんな自分自身のことが、今ではものすごく好きなんです。
実はかなりのナルシストなのかもしれません(笑)