アラサー不美人の哀れな美容事情

「アラフォー不美人」に改名する機会を探り中。

カラコンをやめたい女の、戦いの記録


みなさん、席に着いて!
それでは、現代文の授業を始めます!


あ、コラ山田くん、早速寝ない!


注)数日前、ネットで見つけて心奪われた「懐かしい国語の教科書を振り返る」的な数々の記事。
その素晴らしい記事たちに触発された結果、生まれたのがこのエントリーです。



齢をば早や積み果てつ。
洗面所のほとりはいと静にて、カラコンの光の晴れがましきも徒なり。

〈訳 : すでに年齢を重ねた私。洗面所のまわりはしんと静まりかえり、ギラギラと眩しいカラコンの光は無駄である〉


カラコンを外し、裸眼になった私の顔を見るなり、夫は云う。

この瞳子。嗚呼、夢にのみ見しは君が小さき瞳子なり。

〈訳 : ちょっと言いづらいんだけどさ……正直、そろそろカラコンやめたほうがいいんじゃ……〉


フビジンは激怒した。


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私は現在32歳。
ギリギリアラサー。

もちろん「32歳はアラサーじゃねえよ」というご意見も承ります❤︎


恥ずかしながら、いまだカラコンに依存しております。


世の中には「カラコン反対派」が根強く存在し、「いい年して」だとか「宇宙人みたいで怖い」だとか、クソミソに言われるのは承知の上。


いや確かにカラコン反対派のご意見、痛いほど分かるんです。
むしろ私も、隠れ反対派かも。


だってカラコンを装着すると、目はパッチリクリンとするものの……


なんか……なんというか……


「透明感」とか「抜け感」とか「侘び寂び」とか、そういうものが一気に失われるというか……


カラコンなしの目➡︎枯山水
カラコンありの目➡︎ド派手イルミネーション


みたいな……


華やかなイルミネーションも大好きですし、両方にいいところがあるのでしょうが……


なんか……なんか……といった感じ。
まぁ、「自意識過剰」と言われてしまえばそれまでなんですけどね。



現に、私が初めてカラコン体験をした25歳のころ。


コンタクトの検診のとき、「コレ試してみませんかー?」と突然勧められ、物は試しとつけてもらったのでした。


そのときの第一印象は……


うん。
ちっとも、1ミリもいいと思えなかった。
まったく似合っていなかったし。
クラムボンもカプカプ笑ってた。



私のクラムボンのイメージfeat.クラタイクツ(id:kurataikutu)さん


あいにく私は、生まれながらの三白眼。
いや下手したら四白眼。


「自分=黒目が小さい」というアイデンティティのもと、25年間過ごしてきたものですから、ただただ「こわっ」という感想しかありませんでした。


しかし、それと同時になんとなく予感めいたものがあったのもまた、事実です。


「彼〈カラコン〉……もしかして、今後私になくてはならない存在になるんじゃないかしら……」って。


急に胸が苦しくなり……
その瞬間、驚くほど大きな音を立て、赤い実はじけた。


……ポッ❤︎



そう。
カラコンには、中毒性があるのです。


いくら初見で違和感を感じようとも、ひとたび慣れてしまえば最後、もうやめられない止まらない。


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ふびじん「あぁもう、私は、汚れっちまった……」


エーミール「そうか、そうか、つまり君は、そんなやつなんだな」

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このブログの過去記事でも書いた記憶がありますが、酒とタバコとギャンブルとカラコンには、最初から手を出さないに越したことはないのです……


……けれど、出してしまったものは仕方ない。


しかし、当たり前のことながら、私はどんどん歳をとる……


ああ。
早めになんとかしなければ。




そもそも、


「カラコンを使用するのは、気合いを入れる日のみにしよう」


そう固く心に誓っていたはずなのに……


月に一度が週に一度に。
そしていつしか毎日に。
さらには、一日の装着時間も長くなっていきました。


減る涙。
失う潤い。
ゴロつく感覚。
痛む眼球。


「とうさん、アラサー不美人さんは、まだカラコンをはずさないの? 」


「よし。よし。」
くまのとうさんは言いました。


「あいつには、ちょいと罰がひつようだ。いま、赤くしてあげるから、まっていなさい」


「えいっ」


すると、どうでしょう!
ふびじんの白眼は、赤にかわりました。


勤め先で日々長時間労働を課せられているにも関わらず、眼鏡姿に甘んじることができなかった哀れなアラサー不美人。


ついに眼科医から、コンタクトの使用を控えるよう注意を受けてしまいます。


「えいっ」
アラサー不美人の顔色は、真っ青にかわりました。


それでもなお、私は、カラコンを手放すことができなかったのです。


裸眼を晒せば、大きな敵〈訳 : もともと目が大きく、可愛い女の子〉に食べられて〈訳 : 公開処刑されて〉しまう……


アラサー不美人は考えた。
いろいろ考えた。
うんと考えた。
うなぎ。


そしてとうとう追い詰められたアラサー不美人は、カラコン界の悪魔のささやきを聞きました。



気持ちわるっ!!


白眼を真っ赤に充血させてもなお、カラコンによる大きな眼球を手放すことなく敵に対抗したアラサー不美人は、あえなく惨敗を喫したのでありました……


ちなみに余談ですが、小2〈くらいだっけか?〉のころ。
国語の授業で『スイミー』を習った当時。
物語の冒頭からラストまでを1人1文ずつ、席順に音読をする時間があったのですが、



こんな感じで……


記憶違いだったら申し訳ないのですが、たしかこの『スイミー』には、めちゃくちゃ短い文があったんですよ。


「うなぎ。」


これで1文。


ここに当たると、読んだ瞬間周囲からクスクス笑い声が漏れて恥ずかしいので、絶対ここに当たらないよう必死で祈っていた……という思い出があります。




まったく、ふびじんほどおくびょうなやつはいない。
もう32歳にもなったんだから、カラコンなしでせっちんぐらいに行けたっていい。


だから、勇気を出して、
ふびじんカラコン外してみた。


鏡にうつった地味顔見て
ええと 私は誰だっけ 誰だっけ


「こんなの私じゃない」という現実逃避。
「カラコンをしているときの顔が私の顔」という自己暗示。



これまた以前にもこのブログで書きましたが、


テレビでアップになった女性タレントがカラコンではなく裸眼で勝負しているのを確認すると、なんだか自分が悪いことをしているような、後ろめたいような気分になるのはなぜでしょう……


カラコンの広告に出ている女優はどこか不自然で、「普段、裸眼のときの方が可愛いのに……」と思ってしまうところからも、カラコンがいかに不自然であるかについてはよく理解できるんです。


でも、「裸眼で成立するのは美人だからでしょ!」とひねくれてしまい、結局「自分もカラコンを手放そう」という段階までには至らないという。



ふびじんよ。
これはゆずり葉の木です。


世のお父さん、お母さんたちは
何一つ持ってゆかない。


デカ目効果も、
イケてる最新カラーも、
盛れる写真の角度も。


幸福なるアラサー不美人よ
お前の黒目はまだ小さいけれど──。


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しかしカラコンを手放せないとはいえ、私ももう32歳。


3メートル先から見ても「この人カラコンだ」と分かるような、あからさまな縁取りの商品は使いません。


一応きちんと眼科で処方されたコンタクトレンズを使うようにしているため、選べるカラコンの種類は限られるのですが……


その中でも一番小さい直径で、かつ自分の目の色に違和感なく馴染むタイプ〈ならもう装着する意味あんまりない……?〉を探し出し、できるだけ自然に見えるよう努力しています。


そんな今、浮かび上がるひとつの後悔。


それは、結婚式を挙げた26歳当時は、まだ大きめのカラコンを愛用していたこと。



この写真〜が〜一生残る♪
この写真〜が〜一生残る♬


バサバサのマツエクも相まって、人相どころか人種まで変わるレベル。


隣に「つぶらな瞳選手権日本代表」の夫がいるもんだからなおさら、ますます国際結婚の様相を呈し。


もしくは、でっかい羽根背負って、大階段を悠々と降りてきそうなイメージ。



いや、もっとさぁ。
「ザ★花嫁衣裳!」て感じじゃなくてさぁ。
「森の小さな教会で結婚式を挙げました」的な、力の抜けたゆる〜いオシャレ感を演出したかったわけ。


でもさ。
生花の髪飾りも妖精風エンパイアドレスも、宝塚メイクを前にしたら、もうひれ伏すしかないやん。


もう、突然鯛茶漬けに味噌カツぶっこまれたくらいの打ち消し具合。



ただただ、後悔……


……と、小さめカラコンユーザーが、大きめカラコン時代を嘆いております。


が!
数年後、私がカラコン断ちに成功した暁には、きっとカラコンしていたこと自体を深く後悔であろうと予想されます……


後悔の図式〈予想〉⤵︎⤵︎⤵︎




「これは、レモンのにおいですか」


デパートの化粧品カウンターで、新作の美容液を手に取り、お客のアラサー不美人がはなしかけました。


「いいえ、夏みかんですよ」


落し物コーナーには、かわいい白い馬頭琴が、ちょこんと置いてあります。


「ふびやまようちえん ふびの ふびお」


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自業自得ながらカラコンに苦しめられている私ですが、反対に助けられたこともあります。


2年ほど前、ある化粧品が肌に合わず、尋常じゃないくらい顔がかぶれました。


その後半年ほど一切メイクをできなくなり、化粧品に対するトラウマのようなものが残りました。


カラコンに救われたのは、このころです。


いまだ社会に出る女性に対し、「化粧はマナー」という独特の強制力が働く、この時代。


「ザ・スッピン」の顔で出社するのは肩身がせまい中、ノーメイクでもカラコンを付ければほんの少しでも「完成された顔」に近づく気がして。


それでもカラコン反対派の方々からは「ザ・スッピンの方がマシ」と思われるかもしれませんが……


精神的に一枚鎧を身につけられたような、そんな心強さがあったんです。


カラコンは肌に触れない分、肌荒れの心配もないし。


ま、長い目で見れば、皮膚に負担がかかるより眼球に負担がかかる方が怖いとは思いますけどね。



とはいえ、それなら止むを得ずメイクが出来ないときにだけ、カラコンにすればいいわけで。


「そのカラコンとやらに対する恋は罪悪ですよ。分かっていますか?」


静かに問いかける先生の視線に耐えきれなくなったF〈私〉は、その重い口を開く。


「精神的に向上心のない者は馬鹿だ」


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……ということで、なんとか向上心を奮い立たせるF〈私〉


まさか80歳のおばあさんになってもカラコンユーザーのままでいるわけにはいかないけれど、生憎私は筋金入りの依存体質。
うん、やりかねない。


そうなる未来を防ぐための対策は、早いに越したことはない……


……ということで私、カラコン脱出計画始めました。
とりあえず3年計画で〈長〉


なんか、昔偉い人が言っていた気がするんです。
「上を目指すなら、まずは今の自分を知ることから」みたいなことを。


でも、「カラコンをつけていないときの自分の顔」を確認するのって、思った以上に難しい。


なんせ史上最強のド近眼である私、裸眼で鏡を見ると、そもそも自分の顔を認識できないものですから。


でも眼鏡をかけると、矯正がキツすぎてこう⤵︎⤵︎⤵︎なるんです。


そこで、私が編み出した現状把握術は以下の通り!!!!⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎


➊ 20代のころ〈カラコンに手を出す前〉の写真を確認

➡︎当時、アイライン〈上下〉のアートメイク完成直後。かつマツエクバシバシ。

➡︎まったく参考にならない


➋ さらに昔の写真を確認

➡︎若すぎる


➌ 左目だけカラコンをつけ、右半分の顔を見て判断してみる

➡︎ん? なんかいける?
るるんぶるるんぶるるん♬


➍ 裸眼で写真撮り、後から確認

➡︎ぎゃー! 誰これー! ダーメーだーーーー!


とまぁ、自分の素顔のショボさに落胆するのがオチなんですけどね。


それでもめげずに、まずは自分をイジメぬくことから始めようと思います。


壊して育てるの法則。
そう、それはまさしく筋トレのように……
ガッチガチの筋肉と骨と……


おや〈一字不明〉、皮へはいっちゃいけないったら。




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